~家族「K」のこと~


写真も名前も公表することはありません。

 

 

高校を卒業すると上京してきました。

 

○○ビジネススクールの秘書課に通いながら、

帽子・小花などの作り方を習い、

ついには製品を販売したり・・・。

 

○○ビジネススクールを卒業するも、

手作り製品の評判が良く、就職せず製品づくりに没頭!

 

 

結婚・離婚があり・・・

その後すぐ、

特殊な能力を発揮し始めたのでした。

1998年頃でした。

 

 

「K」には、大坂秀子が出会った

スピリチュアルな事など、

時々会ったり、☎などですべて話していました。

 

 

ある時、

※キネシオロジーを教えていたところ、

次に会った時には

「あのキネシオロジーのやり方は違います! こうです!」

っと言って、逆に教えられました。

 

(※キネシオロジーとは、筋肉反射テストのことです。)

 

 

そのキネシオロジーで、朝目覚めてから

寝るまでのすべてをチェックして行動していました。 

 

とにかくありとあらゆることをチェックしていました。

 

何をするか、どこに行くか、何を買うか、誰に会うか、全部です。

 

 

ある時、待ち合わせに遅れてしまって謝ると、

「今日はあなたが遅れると出ていたから

大丈夫! 気にしていないヨ」とか・・・

 

 

引き伸ばして飾ってある写真を見て、

「これは誰が撮りましたか?」

「この写真を撮った人は10年以内に亡くなります。」

「あなたにも影響があるから処分してください。」とか・・・

 

 

電話中に、「あっ、そこに浮かばれていない存在が○人います。」

「供養の方法は△△です。」とか・・・

 

 

部屋の中をすべてチェックして、良くないものは全部ゴミ処分させられました。

 

洋服とかすべてチェックして処分させられました。

 

私が作ったジュエリー類も持っていてはいけないものなど

すべて処分させられました。

 

 

私より友達が持っていたほうが良いものは

プレゼントしたり、

最初は戸惑ったりもしましたが、

納得できていましたので受け入れました。

 

それからは彼女の前を歩いたことはありません。

 

 

すべてをチェックしているうちに

自分のやるべきことに気付いていった様です。

 

(ここは、文字で残すことを控えます。)

 

 

やっている事のスケールはかなり大きい物でした。

  

 

答えは普通では想像もつかないようなことがほとんどで

次元の違うところから来ているようでした。

 

 

彼女と会うとエネルギーが変わるようでした。

 

ちょっと余談ですが・・・

時々、「K」から指定された日に、指定された場所でランチして・・・。

 

それが面白いことに渋谷・原宿などで会うと芸能人に会うのです。

 

そしてその時見かけた芸能人は、

その後隠し事が明るみに出たり、

幸せな結婚をしたりいろいろでした。

 

 

ある時、出かけた先のインテリアショップで

有名な政治家さんを見かけたそうです。

 

しばらく時が経ってその政治家さんは表舞台から遠ざかってしまいました。

そんなこともありました。

 

 

とにかく凄く忙しく・・・。

休む暇はなかった様子でした。

 

 

時間が経ち、突然2009年の夏に

倒れてしまいました。

 

脳梗塞でした。

かなり重い状態!!!

身体はチューブだらけ!

「死にませんでした・・・!!!」

というくらいの状態。

 

 

右半身に麻痺が残って・・・

 

 

最初は座る事さえできずに、

移動の車いすに座って、

ずり落ちないように紐でくくられ・・・

 

リハビリで私の名前を言った時は

感動で涙・・・

 

 

Dr.からは、

「生きる気力は出ないかもしれないし、

歩けるようにはならないかもしれまん。」

と・・・

 

 

さらに、(卵巣がん)が見つかり、転院。

脳外科のDr.からの紹介と、

そのDr.からの紹介でセカンドオピニオン!

どちらのDr.からもかなり厳しいことを

言われましたが・・・

 

 

卵巣がんの手術を受けました。

術後、「病理検査の結果、抗がん剤が

効かないと思われます。」と・・・

 

 

本人は真剣に聞き入り、

「抗がん剤はやりません!」

Dr.からも「それも選択肢のひとつですネ」

と・・・

(★セカンドオピニオンや治療に関しては充分にお考えください。)

 

 

前の病院に戻りたいと・・・

また、転院してリハビリを約3ヶ月。

合計6ヶ月の入院。

入院中は色々ありました。

 

 

いろいろ見えてしまっていたようで・・・

息苦しくなったり・・・

そばにいて大変でした。

 

 

お見舞いに来て下さった方の前世が

わかってしまって・・・

躊躇なく言葉にして・・・

あまりの唐突さにこちらのほうが慌てたり

(あまり良い事ではなかったので)・・・

 

 

私の前世のことでも、自殺した場所がわかったようで、

「そこには行かないように・・・」と釘を刺されました。

(その後、無事に自殺のエネルギーは

溶けましたので・・・)

 

 

倒れる前に引っ越し先を決めていました。

「K」のキネシオロジー倒れる前の坂の上の一軒家から、

退院後はバリアフリーに・・・

(予知していたかな?)

 

 

退院して、リハビリの毎日。

装具をつけることからのリハビリ・・・。

その頃、緊張でどう過ごしていたか思い出せません。

 

 

がんの再発と、脳の病気の再発の恐怖は

常に頭から離れず・・・

 

 

後悔の無いように、

「どれだけ楽しく過ごすか」だけを考えて・・・

 

マッサージをしながら、

ついでになぞなぞをしたり、

童謡を歌ったり楽しく過ごし・・・

(麻痺している側は、すごく冷たいんですヨ)

 

 

24時間、「K」中心の毎日でした。

 

 

不自由になった「K」には出来ない事がいっぱいある中で、

出来ない事を嘆かないように・・・

 

共に、出来たことを喜び、

「良かった」「良かった」と言いながら

「出来る事」を少しづつ増やし・・・

 

  

毎日の散歩が少しづつ長くなり、

徐々に掃除などのお手伝いもしてくれるようになって・・・ 

 

 

自分の人生を嘆いたり・・・

鬱になったり・・・泣いたり・・・

(「K」が涙を流したのは、倒れてもう一つの病気の事を話した時だけでした。)

 

ネガティブな事はまったく無く・・・

真剣にリハビリを・・・

 

 

以前から、「笑いは大事!」と本人が話していたとおりに・・・

毎日ニコニコするようになって・・・

鏡を見ては「ニコッ」手元に手鏡を置いて、

手鏡をみては「ニコッ!」・・・。

 

顔の左右の違いを気にしながら「ニコッ!」と・・・

 

 

少し回復して、つながった方のみご相談を受けるようになり、

私がアシストしながらクライアントさん用に、

押し花とジュエリーを組み合わせた「開運押し花の額」をお作りし、

その「額」でクライアントさんの

エネルギーチェンジをしていました。

 

 

ある時、「K」から押し花を習うように

言われ、私も「押し花の額」を作れるようになりました。

 

ところが、2・3個出来上がった頃、

「あなたのは開運にならないので、ゴミ処分してください。」と言われました。

 

その後は、私は押し花をしていません。

 

 

やっぱり違うんです。

役に立たない事はしないほうが良いのです。

 

 

退院後のそれからは、更に・・・

大事な事をしていたように思います。

 

「一人にしてください。」と言って一人で

何かやっていたようでしたから・・・

 

 

幸いにも、がんの再発は無かったのですが、

2017年のある日の昼に突然、

「頭が痛い」と言って倒れました。

 

以前の時と違うのは一目瞭然でした。

「くも膜下出血」でした。

 

 

そんな時どうするかは、話し合っていましたので・・・

「K」の意思を尊重しました。

 

2017年初春、倒れて5日目に肉体を離れました。

 

 

「K」がニコニコ過してくれたお陰で、

私の記憶にのこっているのは「K」の笑顔です。

 

 

そして、TVを見ていたりして、

気になるとひとり言のようにつぶやいていました。 

 

「K」のつぶやきは私の頭の中にあります。

 

クライアントさんにお伝えしたほうが

良いことだけをお伝えしています。



~フォトギャラリー「開運押し花の額」~

これまでの「K」の作品たち

(ほんの一例です。)

● これらは当サイト使用済みの「開運押し花の額」です。

お客様の「開運押し花の額」をお見せすることは致しません。

 

● 写真にはエネルギーはありません。

(写真はすべてギャラリー櫻わーるどのオリジナルです。)

 

● 2017年2月以降、「開運押し花の額」は

お作りいたしておりませんのでご了承ください。